下笹目村(読み)しもささめむら

日本歴史地名大系 「下笹目村」の解説

下笹目村
しもささめむら

[現在地名]戸田市下笹目・笹目二―六丁目・笹目南町(ささめみなみちよう)・笹目北町(ささめきたちよう)

新曾(にいぞ)村の西にあり、南は枝郷の早瀬(はやせ)村。古鎌倉(こかまくら)街道が南北に縦貫する。鎌倉鶴岡八幡宮領佐々目(ささめ)郷の遺称地(浦和市の→佐々目郷)。永正六年(一五〇九)閏八月二〇日の旦那売券(熊野那智大社文書)などによれば、「さゝめの福蔵坊」なる先達に率いられた熊野修験の旦那組織があった。永禄五年(一五六二)二月二日には北条氏康が足立郡へ進み、「篠目」に火を放ったという(氷川女体神社蔵「大般若経」巻第四八九・四九二識語)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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