下芥田村(読み)しもげたむら

日本歴史地名大系 「下芥田村」の解説

下芥田村
しもげたむら

[現在地名]加西市下芥田町

広原(ひろわら)村の北、万願寺(まんがんじ)川の支流芥田(けた)川の中流域に位置する。北は上芥田村。中世には同村とともに芥田とよばれ、在田下(ありたしも)庄内の一村であった。年未詳九月一八日の在田元長感状(内藤文書)に芥田表とみえ、九月七日に当地で合戦があった。芥田は在田庄内の山間の地で、ここを越えれば当時の在田氏の本拠地多可(たか)郡野間(のま)谷(現八千代町)へ西方から侵入できる。江戸期の旗本石野氏の家伝によれば、別所氏に仕えていた石野氏貞が、永禄八年(一五六五)の有田合戦のとき矢に射られて死んだという(寛政重修諸家譜)。これが芥田表の合戦に符合するとはいえないが、永禄頃から別所氏の在田氏攻撃が始まっていることがうかがえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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