下西谷村(読み)しもにしだにむら

日本歴史地名大系 「下西谷村」の解説

下西谷村
しもにしだにむら

[現在地名]三朝町下西谷

曹源寺そうげんじ村の南西竹田たけだ川を挟み穴鴨あながも村の西に位置する。久世くせ往来が通る。拝領高一二七石余。享保一九年(一七三四)の鈴木孫三郎所持本「伯耆誌」によれば高一四〇石、竈数一〇余。宝暦三年(一七五三)頃の河村郡村々明細帳(近藤家文書)では朱高一三八石余、高一四五石余、うち畑高七石余。免六ツ二分、倉吉御蔵納。悪田加損米四石七斗。炭役米一斗七升五合・藪役銀六匁が課され、棟数二軒・役高四〇人。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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