下谷保村(読み)しもやぼむら

日本歴史地名大系 「下谷保村」の解説

下谷保村
しもやぼむら

[現在地名]国立市谷保やほ富士見台ふじみだい一―二丁目、府中市西府町にしふちよう一―五丁目・西原町にしはらちよう一―四丁目

上谷保村の東にあり、東西に通る甲州道中沿いに集落が形成されている。江戸時代前期には上谷保村と一村で谷保村と称し、天和三年(一六八三)に分村されて下谷保村となった(文化六年「上谷保村明細帳」佐伯家文書)。分村時上谷保村と下谷保村とはおおよそ二対一の割合で分けられたとされる。両村の境は錯雑し、明和年間(一七六四―七二)頃に作られた谷保村絵図(関家蔵)でも一括して扱われて上・下の区分は明確ではなかったようで、分村後も一括して扱われることが多かった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む