下長町(読み)しもながまち

日本歴史地名大系 「下長町」の解説

下長町
しもながまち

[現在地名]田辺市さかえ

ふくろ町の北、熊野街道に沿う両側町。西はほん町、東は上長かみなが町に続く。慶長一八年(一六一三)の「田辺大橋浅野殿御懸橋板代銀百姓地方ヘ割符」(「万代記」所収)に「長町」がみえ、もと上長町と一町であった。享和元年(一八〇一)の調べでは、町の長さ北側七九間、南側六二間、幅二間、三一間役(「田辺藩古記録」宇井文書)。享保一〇年(一七二五)の調べでは、町内の諸職・諸商売人は酒屋一、質屋二、麹屋二、古手商六、紺屋一、塗師屋五、旅人宿一九、医師二、そのほか禅門一、座頭一、他所奉公人三、他所稼一、仲使日用一が住しており、借家一四軒(「田辺諸事控」多屋家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む