下青島村
しもあおじまむら
[現在地名]藤枝市下
青島・
上青島・
青葉町一―五丁目・
末広一―四丁目・
駅前三丁目・
青南町一―五丁目・
大洲一丁目・
前島二―三丁目・
高岡三丁目
上青島村のほぼ東に位置するが、同村とは村域が錯綜していた。志太郡に属し、初め上青島村とともに青島村とよばれた(寛永一二年山西領水野監物知行渡村之帳)。元禄郷帳に下青島村とみえ、高六七七石余、「古は青島村」と注記される。国立史料館本元禄郷帳では幕府領。享保一一年(一七二六)当村など一二ヵ村により持添芝地の開発が始められ、同一五年の検地で当村分は高七八石余となり、幕府領とされた(「村方要用見聞雑記」村松家文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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