日本歴史地名大系 「下須戒村」の解説
下須戒村
しもすがいむら
[現在地名]長浜町下須戒
慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)の喜多郡の項に「下須戒村 茅山有、川有」とある。大洲藩領。寛文七年(一六六七)の「西海巡見志」は、家数八五軒、舟数四艘一六〇石積より二八〇石積まで、加子数三一人、うち役加子一二人、と周辺村に比して大きな村勢を伝えている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)の喜多郡の項に「下須戒村 茅山有、川有」とある。大洲藩領。寛文七年(一六六七)の「西海巡見志」は、家数八五軒、舟数四艘一六〇石積より二八〇石積まで、加子数三一人、うち役加子一二人、と周辺村に比して大きな村勢を伝えている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
福岡県福岡市博多区の櫛田神社の夏祭り。壮麗な山笠で知られる。今日,山笠には飾り山笠と舁き山笠(かきやまがさ)の 2種類がある。明治時代に電線が架設されて以降,物語場面の人形などを飾りつけた高さ 15m...