下領家村(読み)しもりようけむら

日本歴史地名大系 「下領家村」の解説

下領家村
しもりようけむら

[現在地名]総領町下領家

中領家村の西に位置し、田総たぶさ川が村の南を西流する。北は三上みかみみね(現庄原市)中世には田総庄に属し、下地中分された折には領家方の地であったといわれる。元禄一一年(一六九八)福山藩領より幕府領となる。元和五年(一六一九)の備後国知行帳では領家村として記され、元禄一三年の備前検地帳で初めて下領家村として高四二一・五九四石が記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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