日本歴史地名大系 「下飯岡村」の解説 下飯岡村しもいいおかむら 岩手県:紫波郡都南村下飯岡村[現在地名]都南村下飯岡上飯岡村の東の平坦地に位置。東は飯岡新田・永井(ながい)村、南は羽場(はば)村、北は下鹿妻(しもかづま)村(現盛岡市)。もとは上飯岡村・飯岡新田とともに飯岡村と称された。天和二年(一六八二)の惣御代官所中高村付に村名がみえ、蔵入高一千一〇三石余、七ヵ年平均の免四ツ二分八厘。「邦内郷村志」では蔵分一千二二六石余・給分一二八石余、ほかに飯岡新田分として蔵分四八三石余を記載。家数一〇九、馬一二〇。新山(しんざん)堂を記載。享和三年(一八〇三)の仮名付帳では家数七九、枝村の新田(しんでん)四・二又(ふたまた)七・三竹(みたけ)四・中屋敷(なかやしき)二・内村(うちむら)四・深更(ふかふけ)一・谷地(やち)三・下久根(しもくね)三・久保田(くぼた)三・石持(いしもち)三・中久保田四・高屋敷(たかやしき)七・西田(にした)六・米屋島(べいやしま)五・宮口(みやくち)七・田中(たなか)五・葛本(くぞもと)五・松島(まつしま)三・鳥井田(とりいた)三、ほかに「邦内郷村志」に焼野・才川がみえるが、これは飯岡新田地内と考えられる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by