下館新村(読み)しもだてしんそん

日本歴史地名大系 「下館新村」の解説

下館新村
しもだてしんそん

[現在地名]新発田市下寺内(しもじない)

坂井(さかい)川に合流する寺内川下流域にあり、下寺内村とは家居や耕地も錯綜していた。はじめ村上藩領で、延宝九年(一六八一)頃の高反別免割家数人数帳(寛政一二年写、新発田市史資料)によると蔵光組のうちに「下楯新村」と記され、高五四石八斗余、免四ツ二分、田畑四町九反余、家数五、人数五一。宝永七年(一七一〇)幕府領となり、正徳三年(一七一三)の検地帳(新発田市史資料)では高五〇石九斗余・反別四町八反余。ほかに田方八石五斗余・畑方二石一斗余が「先規より永引」とされる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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