下鶴井村(読み)しもつるいむら

日本歴史地名大系 「下鶴井村」の解説

下鶴井村
しもつるいむら

[現在地名]豊岡市下鶴井

円山(まるやま)川の東岸、野上(のじよう)村の北に位置する。中世の下鶴井庄の中心地とみられ、当地鎮守の伊与永(いよなが)大明神(現与佐伎神社)の文安五年(一四四八)の棟札に「下鶴井村」がみえる。江戸時代の領主の変遷は駄坂(ださか)村に同じ。正保(一六四四―四八)頃成立の国絵図に村名がみえ、高五三四石余。宝暦六年(一七五六)の村明細帳(足立家文書)では高五五五石余、小物成は山役米一石四斗余・茶役米一石三斗余・沢役米一斗四升・刈畑役米二石三斗余・桑役銀三八〇匁余、家数九四・人数四一五。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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