下麻生新村(読み)しもあそうしんむら

日本歴史地名大系 「下麻生新村」の解説

下麻生新村
しもあそうしんむら

[現在地名]高岡市下麻生

庄川下流の中洲、中田なかだ川と増仁ぞうに川の中間に位置する。下麻生村出村で、南は下麻生村下代しもだい、西は春日吉江かすがよしえ村。寛永九年(一六三二)の古高新開指上高物成帳(川合家文書)にみえる下麻生村新村にあたると考えられ、古開畑直しとして一一七石余が記されるが、同七年の川崩れにより一〇二石余の引高があり、一時村は退転した。その後、万治元年(一六五八)に村立てされ、寛文一〇年(一六七〇)の下麻生村の村御印に下麻生新村分として高一七石・免四ツ三分が記される(三箇国高物成帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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