与喜屋村(読み)よきやむら

日本歴史地名大系 「与喜屋村」の解説

与喜屋村
よきやむら

[現在地名]長野原町与喜屋

新井あらい村の西、吾妻川右岸にあり、支流くま川が中央を北流する。熊川右岸はかん峰の北西麓、同左岸は浅間山北麓になる。本村ほんむら虻籠あぶろう萩原はぎはら下田しもだ荻之平おぎのたいらがおもな集落である。南部の仙峩滝せんがたき(千ヶ滝)不動堂の宝塔は応永年間(一三九四―一四二八)のものと推定され、「加沢記」には永禄五年(一五六二)羽尾氏と鎌原氏の所領争いを武田信玄が仲介し、羽尾入道相伝の領地古森ふるもり・与喜屋を鎌原方と決めたことが記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む