与那村(読み)ゆなむら

日本歴史地名大系 「与那村」の解説

与那村
ゆなむら

[現在地名]国頭与那よな

伊地いじ村の北東に位置し、北西東シナ海に臨む。集落は与那よな川河口左岸の沖積地に立地する(間切集成図など)。かつては与那川原ゆながーばると称し、伊地村のうちにあったといわれる(国頭村史)。絵図郷村帳に国頭くんじやん間切「よな村」とみえる。琉球国高究帳では辺野喜びぬち村と併記されて「よな村・へぬき村」とあり、高頭三五石余、うち田三二石余・畠三石余。「琉球国由来記」では与那村と記され、当村の拝所であるヨリアゲ森(神名ソコモリノ御イベ)、および与那ゆな巫火神・神アシアゲは与那ノロが祭祀を管轄。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む