世利村(読み)せりむら

日本歴史地名大系 「世利村」の解説

世利村
せりむら

[現在地名]大分市市(いち) 下芹(しもぜり)、木(き)ノ上(うえ) 上芹(かみぜり)

大分川と七瀬(ななせ)川に挟まれた丘陵地帯南側に位置し、西は木上(きのうえ)村、南は市村。正保二年(一六四五)の稲葉能登守知行高付帳に村名がみえ、本高一九四石余・出来高一斗余、田高一四八石余・畑高四五石余。臼杵藩領で幕末まで変わらず、正保郷帳では市村(稙田庄)に含まれる。元禄一三年(一七〇〇)臼杵藩領郷帳(臼杵藩政史料)では分離して村名がみえ、高一九四石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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