寛永四年(一六二七)の国府市村検地帳(三原町教育委員会蔵)では反別三二町四反余・高三九五石余。当村は
中世には
那賀郡のうち江川下流部右岸に位置し、
現野津町の北寄り中央部にあり、蛇行しながら北流する野津川と、西流してきた支流
現福山市街地の東北をかぎる蔵王山のさらに断層の残丘がつづく東北方、
残丘を点々と残す浅間火山泥流地帯にあり、
村名は中世
文献上では嘉暦四年(一三二九)の鎌倉幕府下知状案(守矢文書)に「南市村」とあるのが初出で、以後天正七年(一五七九)の上諏訪造宮帳に「市村之郷 正物仁貫四百文 代官市村三郎衛門尉縫殿助」とあるなど、独立した郷をなしていたことが知られる。
近世当初は小諸領、天和二年(一六八二)幕府領となり、正徳元年(一七一一)より
「兵範記」の保元二年(一一五七)三月二九日条に、散位平正弘の所領市村郷を
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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