コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

三間 みま

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

三間
みま

愛媛県南西部,宇和島市北東部の旧町域。四万十川支流の吉野川上流域にある。 1954年成妙村,三間村,二名村の3村が合体して町制。 2005年宇和島市,吉田町,津島町と合体して宇和島市となった。中心集落の宮野下は三島神社の門前町として発達。江戸時代には吉田藩が計画的に地割を実施し,免租の町とした。以後,吉野川上流域の中心地として繁栄。三間盆地には水田,山地には段々畑が開け,主産業は農業。四国八十八ヵ所第 41番札所竜光寺,第 42番札所仏木寺がある。伝統の花踊りが知られる。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

さん‐ま【三間】

時間・空間・仲間を総称する造語。子供たちが遊ぶ時間や場所が失われ、友達が少なくなったことを「三間がない」という。

出典|小学館デジタル大辞泉について | 情報 凡例

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

三間
みま

愛媛県南部、北宇和郡にあった旧町名(三間町(ちょう))。現在は宇和島市の北東部を占める一地域。三間川流域の鬼北(きほく)盆地の北部を占める。旧三間町は、1954年(昭和29)三間、成妙(なるたえ)、二名(ふたな)の3村が合併して成立。2005年(平成17)吉田、津島の2町とともに宇和島市に合併。JR予土(よど)線が通じる。古代は三間郷の範囲で、中世は国衆(くにしゅう)が割拠し、土居垣内(どいかきうち)や兼近(かねちか)などには城跡がある。近世は吉田藩領で、三島社の宮の下に由来する中心集落宮野下(みやのした)は、在町で旧街道のおもかげを残す。盆地は肥沃(ひよく)な水田地帯で三間米として知られ、野菜のほか酪農・養豚なども盛ん。県南部で有数の農業地域となっている。また、宮野下に工業団地がある。宇和島市街地への通勤者も多い。四国八十八か所第41番札所の竜光寺、第42番の仏木(ぶつもく)寺がある。[横山昭市]
『『三間町誌』(1964・三間町)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

三間の関連キーワード宮城県亘理郡亘理町逢隈下郡畦地梅太郎記念美術館延暦寺のおもな堂塔井関邦三郎記念館打ち通し・打通し岐阜県大垣市野口振り飛車・振飛車木村伊兵衛(1)愛媛県宇和島市祇園女御九重錦国見山廃寺跡畦地 梅太郎白水阿弥陀堂館(やかた)宇和島(市)井関 邦三郎三間[町]二十八部衆土居清良神谷神社

今日のキーワード

大義

1 人として守るべき道義。国家・君主への忠義、親への孝行など。「大義に殉じる」2 重要な意義。大切な事柄。「自由平等の大義を説く」...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

三間の関連情報