中前田村(読み)なかまえだむら

日本歴史地名大系 「中前田村」の解説

中前田村
なかまえだむら

[現在地名]会津若松市高野町(こうやまち)中沼(なかぬま)

会津盆地中央部東寄りにあり、北側を溷(せせなぎ)川(渠川)が北西流する。米沢街道に沿い、南は下荒久田(しもあらくだ)村、西は沼木(ぬまぎ)村、北は槻橋(つきのきばし)村(現河東町)、東は倉道(くらみち)村(現同上)。寛文六年(一六六六)の「会津風土記」に村名がみえる。高久組に属し、文化一五年(一八一八)の村日記では高二四二石余。化政期の家数一五(新編会津風土記)。明治四年(一八七一)の家数一五・人数九一(人員録)。同八年沼木村・鶴沼(つるぬま)村と合併して中沼村となる。かつて真言宗観音寺があったが、寛文一〇年廃寺となった(会津鑑)。不動(ふどう)川は背炙(せあぶり)山中に端を発し、滝沢(たきざわ)・大塚(おおつか)山を通り、北柳原(きたやなぎはら)で溷川に合流し、中前田の東で松窪(まつくぼ)・下居合(しもいあわせ)方面から流れる吹矢(ふきや)川を合流する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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