中原代官陣屋跡(読み)なかはらだいかんじんやあと

日本歴史地名大系 「中原代官陣屋跡」の解説

中原代官陣屋跡
なかはらだいかんじんやあと

[現在地名]平塚市御殿一―三丁目

中原御殿跡である中原小学校敷地を中心とし、かつての中原上・下両宿にまたがる広い範囲にあった。大住おおすみ淘綾ゆるぎ愛甲あいこう高座こうざ郡内の幕府直轄領支配に重要な役割を果した中原代官の陣屋。中原代官の任にあたった人物には坪井氏・成瀬氏・坂部氏・平岡氏・中川氏・有谷氏・興津氏・万年氏・依田氏などがあげられ、とくに慶長一五年(一六一〇)代官頭伊奈忠次の死後複数の代官(相代官)による、全国幕府領でも異例な支配形態をとった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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