中屋家屋敷跡(読み)なかやけやしきあと

日本歴史地名大系 「中屋家屋敷跡」の解説

中屋家屋敷跡
なかやけやしきあと

[現在地名]金沢市尾山町

江戸時代の家柄町人で薬種業を営んだ中屋家の屋敷跡。城下みなみ町中ほどの東側にあった。元祖伊東彦左衛門は山城国出身、天文期(一五三二―五五)に来国した。三代目中屋彦右衛門は寛永期(一六二四―四四)堂形どうがた御蔵裁許となり、慶安四年(一六五一)に任命された年寄役の一人であった(「続漸得雑記」加賀藩史料)。以降、累代町年寄・銀座役などを勤め、文化七年(一八一〇)に町諸役免許、文政元年(一八一八)勤功と古き家柄をもって定御目見の家柄町人とされた(安政七年「家柄町人由緒略書並家列」金沢市立図書館蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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