中山川土居城跡(読み)なかやまがわどいじようあと

日本歴史地名大系 「中山川土居城跡」の解説

中山川土居城跡
なかやまがわどいじようあと

[現在地名]香我美町山川

香宗(こうそう)川が大きく曲流する地の北側、小高い山の上にある。山川(やまがわ)城ともいう。城跡付近には上土居屋敷(かみどいやしき)、山麓に清藤屋敷(きよとうやしき)の小字が残る。

正平一一年(一三五六)二月一日、小松左衛門入道覚祐が南朝方として活躍した恩賞として、粟野三位中将より清遠名を安堵されているが(「出雲守時□奉書」蠧簡集)、この小松氏が地名をとって清遠を氏として、当城に居したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む