中岸本村(読み)なかぎしもとむら

日本歴史地名大系 「中岸本村」の解説

中岸本村
なかぎしもとむら

[現在地名]湖東町中岸本

現町域南端、愛知川右岸に位置し、北西は下岸本村、東は梅林(うめばやし)村(現愛東町)、南は上岸本村(現同上)。中岸本古墳群があり、中世には岸本(きしもと)御厨の一部。天正(一五七三―九二)末から慶長五年(一六〇〇)にかけては豊臣氏の支配下で、天正一一年八月一日の羽柴秀吉知行宛行状(小倉文書)に「小椋岸本之内」とみえる。慶長四年一二月一日の豊臣氏大老連署知行安堵状案(毛利家文書)に岸本村とみえ、織田信長の側室「小倉」に岸本村のうち五〇〇石が宛行われた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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