中嶋庄(読み)なかしまのしよう

日本歴史地名大系 「中嶋庄」の解説

中嶋庄
なかしまのしよう

東大寺領荘園。弘安八年(一二八五)の東大寺領諸荘注進状写(東大寺文書)に、「中嶋庄」とみえ、天平勝宝四年(七五二)の勅施入によって成立したことが記される(海部郡の→海部庄)。この史料によれば当庄名は、郡名から名付けられたものとあり、中島郡内に存在したものと思われる。天暦四年(九五〇)一一月二〇日付の東大寺封戸荘園并寺用雑物目録(同文書)に「中嶋郡百五十六町五段百九十歩」、および長徳四年(九九八)の「諸国諸庄田地」(東大寺要録)に「中嶋郡二百九十六町三段」とある地がこれにあたるものと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ガラス管球内に入れた高抵抗線に電流を流し,ジュール熱によって高温となり放射する光を利用するもの。抵抗線としてはタングステンが用いられ,その蒸発を防ぐためアルゴンおよび窒素ガスが管内に約 0.7気圧封入...

白熱電球の用語解説を読む