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寺田 じでん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

寺田
じでん

仏教寺院所有した田地をいい,施入賜与買入れ,自力での開墾などによって寺院の所有地となった。 (1) 中国では,唐代両京の悲田養病坊に寺田 10頃 (けい) を給したいという例がみえ,宋代にはますます盛んとなり,福建では寺田が土地の大半を占め,福建の 漳州では7分の6が寺田であったという。浙江でも明州の阿育王寺径山寺などは数万頃,台州には 1000畝以上の寺が 27寺あったという。しかし一般には 10~20頃と考えられている。荘園として経営されることが多かったようだ。 (2) 日本においても古代律令制下,寺院は国家から厚い保護を受け,不輸租田として租税を免除されていた。そのため輸租田である墾田や寄進田も次第に寺田として不輸租化したため,荘園制成立の一因となった。

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世界大百科事典 第2版の解説

じでん【寺田】

寺院の所有する田地で,食封(じきふ)とともに寺院を維持する経費にあてられる。令制以前から存在したが,律令制下では一般の田地と異なって,収授の対象から除かれている。令では官人・百姓が,田宅・園地を寺に布施または売買することを禁じたが,寺院が寺田を売ることは認められた。《令集解》にみえる明法家の古記説(大宝令を注釈した説)によれば輸租田とするが,田租は寺院の収入になり,実質的には不輸租田と同じである。〈民部例〉《延喜式》などでは不輸租田の中に入れられる。

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大辞林 第三版の解説

じでん【寺田】

律令制下、寺院が特権的に所有を認められた不輸租田。

てらだ【寺田】

姓氏の一。

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日本の地名がわかる事典の解説

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

寺田
じでん

古代から中世にかけて存在した寺院の所有田。その起源は大化(たいか)(645~650)前代にさかのぼり、大化以後は国家の厚い保護を受け、班田収授制のもとでは収授の対象から外され、また不輸租田(ふゆそでん)とされた。寺田が不輸租田となったのは、寺院が国家の機関とみなされていたからであると思われる。令(りょう)の規定では、官人や百姓が寺院に田地を施入・売与することは禁じられていたが、墾田永年私財法発令(743)以後、寺院は開墾・買得などにより積極的に寺田の拡大を図った。不輸租田としての寺田は、国家機関としての寺院が活動するために要する寺田に限られていたが、寺院はそれを中核に新規水田にまで不輸租田を増やし、それが寺領荘園(しょうえん)成立の一要因となった。[村山光一]

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世界大百科事典内の寺田の言及

【官省符荘】より

…政府が,太政官符や,それをうけた民部省符を下して(これらを総称して官省符という),荘園の永代領有と,その田地からほんらい国に納めるべき租税を免除される不輸の特権とを公認した荘園。特定の神社・寺院に所有が認められた神田寺田は,律令国家の初期にはまだ正式な不輸租田でなかったが,8世紀中期,天平宝字年間のはじめごろ,神田・寺田は公田として取り扱われるようになり,正式に不輸租田となった。そこで政府は,神田・寺田を官省符で不輸租荘園として公認する手続をとったのが,官省符荘のはじまりである。…

※「寺田」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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