20世紀日本人名事典 「中川金治」の解説 中川 金治ナカガワ キンジ 明治〜昭和期の林業家 生年明治7年4月(1874年) 没年昭和24(1949)年12月 出生地岐阜県吉城郡坂下村(現・宮川村) 経歴岐阜県坂下村(現・宮川村)に生まれる。林業を学んで上京、東京帝国大学農科大学の篤志林業夫となる。明治35年林学の担任教授であり、我が国最初の林学博士として知られる本多静六に認められ、奥多摩での水源林造成に着手。以来、昭和20年戦時疎開により郷里に戻るまで水源林の経営に生涯を捧げた。この間、奥多摩の住民たちに“奥多摩の主”“山の御爺”として慕われ、10年には奥多摩を守る山の神として祠が作られた。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中川金治」の解説 中川金治 なかがわ-きんじ 1874-1949 明治-昭和時代前期の林業家。明治7年4月生まれ。34年東京の奥多摩地域に植林技師としてはいり,水源林の修復作業にたずさわる。以後35年間にわたって東京から山梨にかけての植林計画を指導し,水源林の整備につくした。昭和24年12月死去。76歳。岐阜県出身。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例