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中村俊輔 なかむらしゅんすけ

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知恵蔵miniの解説

中村俊輔

日本のプロサッカー選手。1978年6月24日、神奈川県生まれ。ポジションミッドフィールダー。フリーキックの名手として知られる。97年、J1の横浜マリノス(現・横浜F・マリノス)に入団。2002年にイタリア1部リーグのレッジーナへ移籍。05年、スコットランド1部リーグのセルティックへ移り、同年のリーグ戦と国内カップ戦の2冠獲得、07年のリーグ戦連覇に貢献。06-07シーズンのスコットランドPFA年間最優秀選手賞を受賞した。09年はスペイン1部リーグのRCDエスパニョールプレーし、10年に横浜F・マリノスに復帰。13年にはJリーグ史上初となる2度目のMVPを受賞した。日本代表では、2000年から10年までに国際Aマッチ98試合に出場し、24得点をあげている。

(2013-12-12)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中村俊輔 なかむら-しゅんすけ

1978- 平成時代のプロサッカー選手。
昭和53年6月24日生まれ。平成8年桐光学園高在学中にワールドユースのメンバーにえらばれる。9年横浜マリノス(現・横浜F・マリノス)に入団。12年Jリーグ最優秀選手賞(MVP)。14年イタリア・セリエAのレッジーナへ移籍。17年スコットランド・プレミアリーグのセルティックに移籍。18年FIFAワールドカップ(W杯)ドイツ大会日本代表。19年スコットランド・プロ選手協会の年間最優秀選手賞を受賞。ポジションはMF。多彩なパスワークで試合をつくり,左足からのフリーキックは芸術的といわれる。22年横浜F・マリノスに移籍,7年9ヵ月ぶりにJリーグに復帰。同年W杯南アフリカ大会の日本代表にえらばれ,グループリーグのオランダ戦に途中出場した。25年2度目のJリーグ最優秀選手賞(MVP)。神奈川県出身。桐光学園高卒。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中村俊輔
なかむらしゅんすけ
(1978― )

プロサッカー選手。ミッドフィルダー(MF)。6月24日、神奈川県生まれ。桐光学園高―横浜マリノス(現、横浜F・マリノス)―レッジーナ(イタリア)―セルティック(スコットランド)―エスパニョール(スペイン)―横浜F・マリノス。1997年(平成9)4月16日、ガンバ大阪戦でJリーグ初出場。U20(20歳以下)日本代表として1997年ワールドユース選手権(現、U20ワールドカップマレーシア大会に出場、U23日本代表として2000年オリンピックシドニー大会に出場。国際Aマッチ初出場は2000年(平成12)2月13日、シンガポール戦。2000年に日本年間最優秀選手賞、2007年スコットランド・プロサッカー選手協会年間最優秀選手賞を受賞。2006年ワールドカップ・ドイツ大会、2010年ワールドカップ南アフリカ大会の日本代表選手。2006年9月13日、UEFAチャンピオンズ・リーグのマンチェスターユナイテッド戦においてフリーキックで得点。これはUEFAチャンピオンズ・リーグにおける日本人初得点である(ヨーロッパ・チャンピオンズ・カップ時代を含めると奥寺康彦1979年に得点をあげている)。[中倉一志]

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