日本歴史地名大系 「中殿屋敷跡」の解説 中殿屋敷跡なかどんやしきあと 和歌山県:那賀郡桃山町調月村中殿屋敷跡[現在地名]桃山町調月 城の壇調月(つかつき)の東部、札場垣内(ふだばかいと)の東方台地にある。現在この一帯は畑地続きの小高い丘陵で果樹園となっているが、幅六メートル、長さ三〇メートルの堀が南北にめぐらされ、蓮池となっている。中殿屋敷は俚諺に「高野潰れても中殿潰すな」とはやされたこの地方きっての大家であった中家(調月氏)の屋敷で、「続風土記」に「別家岡孫太郎蔵る所の明応六年の文書に、調月平左衛門といふ人九州より初めて此地に来るとあり、高野山応其上人俗体の時娘あり、当家へ嫁せしむ故に応其より此地の山林を与へ、今に城ノ壇居住の地方二町許免許地にて城ノ壇といふ、名も中の屋敷あるを以て名つくるか」とある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by