中臣大嶋(読み)なかとみのおおしま

改訂新版 世界大百科事典 「中臣大嶋」の意味・わかりやすい解説

中臣大嶋 (なかとみのおおしま)
生没年:?-693?(持統7?)

天武・持統朝の高官藤原大嶋ともいう。鎌足の従弟渠毎(こめ)の子で中臣金(くがね)の甥。兄の僧安達(あんだち)は653年(白雉4)遣唐使とともに渡唐,以後不明。大嶋は鎌足,金の後を継いで朝廷で中臣氏を代表する地位につき,681年(天武10)には帝紀と上古諸事の記定に,683年には諸国境界の確定に,686年の天武病没の際は誄(しのびごと)(弔辞)奉進にそれぞれ参加,持統朝でも中納言(《懐風藻》では大納言),また神祇官長官として祭祀を主宰した。
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