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神祇官 じんぎかん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

神祇官
じんぎかん

令制下にあって神祇の祭祀関係を司る官庁。「かんつかさ」とも読む。太政官と相並んで独立した一官であった。律令の母体となった唐令には神祇に関する制度はなかったので,日本独自の制度であろう。

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デジタル大辞泉の解説

じんぎ‐かん〔‐クワン〕【神×祇官】

律令制で、太政官(だいじょうかん)と並ぶ中央最高官庁。朝廷の祭祀(さいし)をつかさどり、諸国の官社を総轄した。かみづかさ。
明治維新政府の官庁。慶応4年(1868)閏4月、太政官(だじょうかん)七官の一として設置し、神祇・祭祀(さいし)をつかさどった。明治4年(1871)神祇省と改称。

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百科事典マイペディアの解説

神祇官【じんぎかん】

律令制2官の一つ。朝廷および全国の祭祀を担当。法制上は太政官(だいじょうかん)と並ぶ最高機関だが,それより規模は小さくて所管の省・寮・司がなく,行政上は太政官に指揮された。
→関連項目国家神道祭政一致諸陵寮神祇伯神社大教宣布

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世界大百科事典 第2版の解説

じんぎかん【神祇官】

(1)7世紀以来の律令体制下で朝廷の神祇行政を管掌した官衙。古訓では〈カンヅカサ〉と読む。日本では古来神祇を尊んで祭祀を重んじたため,古代中国の令制にはない神祇官を太政官とは別に置いた。しかし現実には太政官の八省と同格であり,その権能は小さかった。大化改新,天智朝には〈神官〉と呼ばれたが,天武朝の官制で初めて神祇官と称された。官衙の場所は宮城内の郁芳門の南脇にあった。神祇官の長官は神祇伯といい,従四位下相当官。

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大辞林 第三版の解説

かみづかさ【神祇官】

じんぎかん(神祇官) 」に同じ。 「 -幣を奉り雅楽うたの寮つかさ楽を奏す/とはずがたり 3

かんづかさ【神祇官】

じんぎかん(神祇官) 」に同じ。 「 -に令のりごとして/日本書紀 垂仁訓

じんぎかん【神祇官】

律令制で、天神地祇の祭祀さいしを執行し、諸国の官社を総管する官庁。太政官だいじようかんと並んで二官をなす。かみづかさ。かんづかさ。
1868年(明治1)に置かれた官庁。神祇・祭祀・祝部・神部に関することをつかさどった。71年神祇省と改称され、72年廃止。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

神祇官
じんぎかん

(1)令制(りょうせい)官司の一つ。古訓では「かみづかさ」とよむ。この官司・官名は天武(てんむ)・持統(じとう)朝(672~696)ころに成立したと思われるが、詳細は不明で、令制では太政官(だいじょうかん)と並ぶ格が与えられており、神祇および朝廷の祭祀(さいし)、祝部(はふりべ)・神戸(かんべ)の名籍などをつかさどり、職員は伯、大副、少副、大祐、少祐、大史、少史各1人、神部(かんべ)30人、卜部(うらべ)20人、使部(しぶ)30人、直丁(じきちょう)2人の定員があった。神祇伯以下の諸職には中臣(なかとみ)・忌部(いむべ)ら名負(なおい)の氏の就く例が多く、平安中期以降、神祇伯は花山(かざん)天皇の後裔(こうえい)白川家が世襲したが、応仁(おうにん)の乱(1467~77)後、官司自体が衰退した。[菊池克美]
(2)明治初期における神祇の祭祀(さいし)と行政をつかさどる政府機関。祭政一致をスローガンとして成立した明治維新政府は、神祇官の再興を企て、1868年(慶応4)1月17日神祇事務科、翌月3日神祇事務局を置き、閏(うるう)4月21日太政官(だじょうかん)の下に神祇官を置いた。さらに翌年7月8日これを太政官から独立させて上位に置き、また職制も令制に倣って伯(初代神祇伯は中山忠能(ただやす))以下を置くことによって、名実ともに神祇官を復活した。ただしその職掌には、令制にはない宣教と陵墓の管理が付け加わった。この神祇官の下でいわゆる神道(しんとう)国教化政策が展開されたが、「近代化」政策の推進のなかで、71年8月神祇省に格下げされた。以後、長く国体論者たちにより復興運動が続けられたが実現せず、ファシズム期に神祇院(1940.11~46.1)が内務省の外局として設置されたにとどまった。[中島三千男]

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世界大百科事典内の神祇官の言及

【神祇官】より

…古訓では〈カンヅカサ〉と読む。日本では古来神祇を尊んで祭祀を重んじたため,古代中国の令制にはない神祇官を太政官とは別に置いた。しかし現実には太政官の八省と同格であり,その権能は小さかった。…

【国家神道】より

…国家神道の思想的源流は,仏教と民俗信仰を抑圧して,記紀神話と皇室崇拝にかかわる神々を崇敬することで宗教生活の統合をはかろうとした,江戸時代後期の水戸学や国学系の復古神道説や国体思想にある。明治維新にさいして,こうした立場の国学者や神道家が宗教政策の担当者として登用され,古代の律令制にならって神祇官が設けられて,祭政一致が維新政府のイデオロギーとなった。1868年(明治1)3月には神仏分離に関する一連の法令がだされ,それ以後全国的に神仏分離廃仏毀釈が行われた。…

【神職】より

…したがって具体的な名称は,時代や地域によって異なり,きわめてさまざまである。律令時代には一般行政をつかさどる太政官とともに神祇官が置かれ,国家の祭祀を行った。神祇官には,伯(長官),大・少副(次官)をはじめ,大・少祐,大・少史および神部(かんべ),卜部(うらべ)がおり,そのほかにも御巫(みかんなぎ)などがいた。…

【二官八省】より

…日本古代の律令制の官庁組織をいう語。狭義には太政官(だいじようかん),神祇官(じんぎかん)の二官と中務(なかつかさ)省式部(しきぶ)省治部(じぶ)省民部(みんぶ)省兵部(ひようぶ)省刑部(ぎようぶ)省大蔵(おおくら)省宮内(くない)省の八省を指すが,広義には,この二官・八省に統轄される八省被管の職・寮・司や弾正台(だんじようだい),衛府(えふ)などの中央官庁および大宰府(だざいふ)や諸国などの地方官庁を含む律令制の全官庁組織の総体をいい,ふつうは後者の意味で用いる。このような官庁組織は,7世紀後半から8世紀初めにかけて形成された。…

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