中野小屋村(読み)なかのこやむら

日本歴史地名大系 「中野小屋村」の解説

中野小屋村
なかのこやむら

[現在地名]新潟市中野小屋

大友おおとも村の南、西にし川右岸に立地。南は前野外まえのと新田と接し、東は沼沢地の潟が広がり、郷蔵が置かれ、西川舟運の河岸があった。元和四年(一六一八)の長岡藩知行目録では高一四六石余。天保郷帳では高五一八石五斗余と増加しているが、文政三年(一八二〇)しん川開削などにより、周辺の沼沢地を開墾したためと思われる。明治九年(一八七六)の調べで民家六一・社四・寺一、男二一三人・女二〇四人・僧二人、牡馬一九頭・農船四六艘・荷車一両・人力車七両(皇国地誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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