旧西蒲原郡地区(読み)きゆうにしかんばらぐんちく

日本歴史地名大系 「旧西蒲原郡地区」の解説

旧西蒲原郡地区
きゆうにしかんばらぐんちく

新潟市域の南西部、関屋せきや分水左岸地域で、一部右岸を含む。中央を信濃川支流西にし川が北東流し、平島へいじま地区で再び信濃川に注ぐ。日本海側は北から関屋浜・五十嵐いからし浜と続き、新潟砂丘列の中央部をなす。集落は海岸砂丘の内陸部縁辺、および西川の自然堤防上に列状に発達した。海抜一メートル以下という低湿地域が多く、近世中期まで古越後湾の海跡湖とみられる大小多数の潟沼が残り、ひとたび大雨が降れば悪水の逃げ場がなく、毎年のように水害に遭っている。一方、西川の川底は高く、日照りが続くと、周辺河川に比べて渇水は最も早く、水旱両難の地であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む