丸山福山町(読み)まるやまふくやままち

日本歴史地名大系 「丸山福山町」の解説

丸山福山町
まるやまふくやままち

[現在地名]文京区白山はくさん一丁目・西片にしかた一丁目

明治五年(一八七二)起立町名はこの辺り一帯の地名丸山と備後福山藩の藩名とを合せたものである。当地およびその周辺は慶長年中(一五九六―一六一五)から阿部家(のち福山藩主)の屋敷であったが、元禄年間(一六八八―一七〇四)に当地を含む一部が上地となり、武家地(当町域)丸山新町となっていた。幕末頃の当地は東は福山藩中屋敷へ通じる丘陵、南は小石川片こいしかわかた町、北は丸山新町・小石川白山前こいしかわはくさんまえ町、西は武家屋敷が南北に延びた低地である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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