丹比柴籬宮跡(読み)たじひのしばがきのみやあと

日本歴史地名大系 「丹比柴籬宮跡」の解説

丹比柴籬宮跡
たじひのしばがきのみやあと

反正天皇の宮跡。「日本書紀」反正天皇元年一〇月条に「河内の丹比に都す、是を柴籬宮と謂ふ」とあり、「古事記」は「水歯別命、多治比の柴垣宮に坐して、天の下を治むるなり」とする。反正天皇の名は「日本書紀」に多遅比瑞歯別(「古事記」では蝮之水歯別)という。丹比地方に勢力をもっていたのでタジヒのミズハワケとよばれ、丹比の地に宮を作ったのであろう。「帝王編年記」に「丹比柴籬宮」として「河内国丹比郡、今宮坂上路北宮地是也」とあるが、現在のどこにあたるかは不明。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む