久木野尾村(読み)くぎのおむら

日本歴史地名大系 「久木野尾村」の解説

久木野尾村
くぎのおむら

[現在地名]山香町久木野尾

日指(ひさし)村の南西、岳(たけ)ヶ下(した)山(四八四・五メートル)の北麓に位置。八坂(やさか)川支流の久木野尾川・富田(とみた)川と駅館(やつかん)川支流の佐田(さだ)川の上流域一帯を占める。西は宇佐郡若林(わかばやし)村(現安心院町)。村は秋山(あきやま)・杉(すぎ)ヶ谷(たに)・畑(はた)・畠(はたけ)・唐川(からご)(唐河)・井出の上(いでのうえ)・大内原(おおないばる)・小内原(こないばる)・竹(たけ)ヶ下(した)(岳ヶ下)・中野(なかの)・下霧(したぎり)・葦(あし)ヶ谷(たに)・口野尾(くちのお)・大坪(おおつぼ)・浄土寺(じようどじ)・津留(つる)・阿地川野(あじこうの)(阿地河野)・二毛田(にもうだ)・槍原(うつけばる)の一九の小村から構成される。永正四年(一五〇七)の志手泰久田畠坪付并定銭夫銭注文案(志手文書)や永正年間の山香郷一揆拘分土貢納所銭注文案(志手トラエ文書)によれば、山香郷東西一揆衆の給分のうち東方分が唐河・口野尾・安地河野・秋山に、どちらとも記さない給分が槍原・津留などにあった。

慶長五年(一六〇〇)二月の速見郡・由布院知行方目録写(北九州市立歴史博物館蔵)に山香郷に属する「久木野尾」がみえ、高一千七一五石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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