浄土寺(読み)じょうどじ

  • じょうどじ ジャウド‥
  • じょうどじ〔ジヤウド〕

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

兵庫県小野市にある真言宗東大寺伽藍を復興した重源 (ちょうげん) が各地に建てた別所の一つ。現在,浄土堂と薬師堂とが東西に相対して建っている。浄土堂は建久3 (1192) 年創建当時の建物国宝に指定され,大仏様のうちで最も宋風が濃く,空間構成も充実した傑作である。快慶作と伝えられる『弥陀三尊像』 (国宝) を安置する。
広島県尾道市にある広島真言宗教団大本山聖徳太子の創立と伝えられる。僧定証が荒れはてていた古寺再興し,嘉元4 (1306) 年に供養したが,正中2 (25) 年に焼け,その後まもなく再建された。本堂は嘉暦2 (27) 年の再建,大仏様を多く用いた折衷様建築で国宝。多宝塔は元徳1 (29) 年の再建,大規模で形がよく,細部もすぐれており国宝。このほか阿弥陀堂および中国地方には珍しい茶室 (露滴庵) がある。平安時代前期の『十一面観音像』,鎌倉時代の『聖徳太子像』などを蔵する。

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デジタル大辞泉の解説

広島県尾道市にある真言宗泉涌寺派の大本山。山号は転法輪山。聖徳太子の創建と伝える。徳治元年(1306)西大寺の定証が中興、江戸中期から真言宗となる。本堂・多宝塔は国宝。
兵庫県小野市にある高野山真言宗の寺。山号は極楽山。聖武天皇勅願により行基が開創。広渡寺と称したが荒廃し、鎌倉初期に東大寺播磨(はりま)別所として重源(ちょうげん)が再興、現寺号に改めた。阿弥陀三尊像・浄土堂は国宝。

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百科事典マイペディアの解説

兵庫県小野市浄谷町にある高野山真言宗の寺。東大寺の播磨(はりま)別所として重源(ちょうげん)が建立。中心となる浄土堂は1192年建立したもので,大仏様の最も純粋な遺構として重要。本尊は快慶作と伝える阿弥陀三尊像で,宋画を手本として作ったといわれている。他に本堂(薬師堂),本殿,拝殿等鎌倉期から室町期の建築,1234年の像内銘をもつ重源上人座像などがある。
→関連項目大部荘小野[市]
広島県尾道市にある真言泉涌寺派の大本山。本尊十一面観音。聖徳太子の創立と伝え,定澄の発願で1306年建立供養,1325年火災で焼失したが,直ちに再興に着手し,1327年―1345年ころに完成。現存の本堂(観音堂)・多宝塔(いずれも国宝),阿弥陀堂(重要文化財)は再建当時のもの。本堂は和様を基調として,大仏様を加味した建築で,折衷様建築の最古の例。柄香炉を手にした聖徳太子の立像開山堂に安置されている。伏見城より移築したと伝える三畳台目の茶室露滴庵がある。

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デジタル大辞泉プラスの解説

広島県尾道市にある寺院。真言宗泉涌寺派の大本山。山号は転法輪山(てんぽうりんざん)、院号大乗院。聖徳太子の創建と伝わる。足利尊氏戦勝祈願の地として知られる。本尊の十一面観世音菩薩像(重文)をはじめ、文化財を多数保有。庭園は国の名勝、鎌倉時代に建てられた本堂・多宝塔は国宝。
愛媛県松山市にある真言宗豊山派の寺院。山号は西林山、院号は三蔵院。本尊は釈迦如来。天平勝宝年間(749~757)の創建と伝わる。四国八十八ヶ所霊場第49番札所。本堂は国の重要文化財に指定。

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世界大百科事典 第2版の解説

兵庫県小野市にある真言宗の寺。山号は極楽山。もと東大寺領播磨国加東郡大部荘(おおべのしよう)内の鹿野原に,俊乗房重源(ちようげん)が播磨別所として開いた念仏別所。1190年(建久1)東大寺再興料所として大部荘を拝領した重源は,これを宋人鋳物師陳和卿に預け,甥の観阿,弟子の如阿を当地に派遣して播磨別所の建設に当たらせた。浄土堂は94年上棟,97年8月23日落慶で導師に解脱上人貞慶が招かれた。天竺様(大仏様)の代表的遺構である。
広島県尾道市にある真言宗の寺。山号は転法輪山。寺伝に聖徳太子の創建とある。鎌倉時代末に奈良西大寺叡尊の弟子,定証が中興したが,1325年(正中2)に全焼し,翌年から尾道の豪商道蓮・道性夫妻の発願で再建に着手,14世紀前半に現在の堂舎を含む七堂伽藍が整備された。これ以後は瀬戸海運をになう尾道商人の太子信仰とその財力を背景に寺運をのばした。36年(延元1∥建武3)東上の途中の足利尊氏が戦勝を祈って一族とともに本尊十一面観音(重要文化財)にささげた法楽和歌33首(重要文化財)は,奥に尊氏の手印があり,〈手印縁起〉とも呼ばれて有名である。

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大辞林 第三版の解説

兵庫県小野市浄谷町にある真言宗の寺。山号は極楽山。聖武天皇の勅願で行基が開創した広度寺を、鎌倉初期に重源が中興。大仏様式の特徴を伝える浄土堂と阿弥陀三尊像は国宝。
広島県尾道市尾崎町にある真言宗の寺。山号は転法輪山。聖徳太子の創建と伝える。鎌倉後期に定証が再興したが、1325年に全焼。現存の本堂と多宝塔は鎌倉末期の再建で国宝。

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精選版 日本国語大辞典の解説

[一] 兵庫県小野市浄谷(じょうこく)町にある高野山真言宗の寺。山号は極楽山。聖武天皇の勅願により行基が開創したと伝えられる。はじめ広渡寺と称した。鎌倉初期、重源(ちょうげん)が東大寺の播磨別所として中興し、現名に改称。浄土堂(阿彌陀堂)・本尊の阿彌陀三尊立像はともに国宝。
[二] 広島県尾道市東久保町にある真言宗泉涌(せんにゅう)寺派の寺。山号は転法輪山。推古天皇のとき聖徳太子が創建したと伝えられる。嘉元四年(一三〇六)定証が中興。本堂、多宝塔はともに国宝。

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旺文社日本史事典 三訂版の解説

兵庫県小野市浄谷 (きよたに) 町にある真言宗の寺
鎌倉初期,東大寺再建の功労者俊乗坊重源が,東大寺播磨別所として創建。その浄土堂(阿弥陀堂)は東大寺南大門とともに大仏様の遺構で,国宝。仏像などに重要文化財が多い。

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世界大百科事典内の浄土寺の言及

【大部荘】より

…治承・寿永の内乱で東大寺が焼かれると,当荘は90年(建久1)東大寺大勧進俊乗房重源(ちようげん)に与えられ,重源の申請で宋人の鋳物師陳和卿(ちんなけい)にあてがわれた。重源は荘内に播磨別所としての浄土寺を建立し,甥の観阿を住まわせた。浄土寺浄土堂は94年10月上棟,97年8月に解脱(げだつ)上人貞慶(じようけい)を導師に迎えて落慶供養をしたもので,天竺様建築の遺構として有名,安置する本尊阿弥陀三尊像は快慶作,ともに国宝。…

※「浄土寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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