朝日日本歴史人物事典 「久松風陽」の解説
久松風陽
生年:寛政3?(1791)
江戸後期・明治期の琴古流尺八奏者。本名は雅五郎,のちに謙蔵と称する。雅号は竹陰風陽。また菅原忠晴(菅定晴)とも名乗る。3代目黒沢琴古の高弟。4代目琴古の後見として,幕府直参ながら家元的存在となり,多くの優れた門人を輩出したことから琴古流中興の祖とも呼ばれる。門下には豊田古童,2代目荒木古童,吉田一調らがおり,尺八の本道を説く風陽独自の芸風は,その著述『独言』(1818),『独問答』(1823),『海静法語』(1838)などからも垣間見ることができる。<参考文献>栗原広太『尺八史考』(復刻,1975)
(瀬山徹)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報