乙井村(読み)おといむら

日本歴史地名大系 「乙井村」の解説

乙井村
おといむら

[現在地名]長尾町造田乙井ぞうだおとい

石鎚いしづち(一九八・三メートル)南東麓に位置する。鴨部かべ川を挟んで川北かわきた川南の集落がある。西は是弘これひろ村。諏訪山すわやま古墳・乙井古墳・西山田にしやまだ古墳などがある。天正年間(一五七三―九二)四宮光武が乙井城に在城。四宮氏は昼寝ひるね城主寒川氏の家臣ではじめ引田ひけた(現引田町)に拠ったが、元亀元年(一五七〇)寒川氏が阿波三好氏に屈し大内おおち郡を献上したため同城を退いた(南海治乱記)。その後、四宮光武が豊臣秀吉に従って武功があり、天正年間(一五七三―九二)に乙井、すえ(現志度町)に封を受け乙井城に拠り、諏訪神社を建立したと伝える(長尾町史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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