二タ俣遺跡(読み)ふたまたいせき

日本歴史地名大系 「二タ俣遺跡」の解説

二タ俣遺跡
ふたまたいせき

[現在地名]米沢市万世町堂森

天王てんのう(梓川)の西に位置し、同川の形成した標高二六一メートル前後の小扇状地上にある。桑山くわやま遺跡群の一。縄文時代早期―後期、古墳時代前期の集落遺跡。昭和五五―五六年(一九八〇―八一)に小川を挟んだ南北二地区が調査された。南地区住居跡は一九棟で、うち一八棟が縄文時代早期前半、一棟が同時代後期に属する。前者の第五号・第一一号住居は径三メートルの円形住居で、撚糸文土器・無文土器・石槍・円形掻器などを伴う。第一九号住居は隅丸住居跡で日計式押型文土器を検出、第二号住居からは大平式初期沈線文系土器が検出された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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