二ッ塚新村(読み)ふたつづかしんむら

日本歴史地名大系 「二ッ塚新村」の解説

二ッ塚新村
ふたつづかしんむら

[現在地名]立山町二ッ塚

寺田極楽寺新てらだごくらくじしん村の南に位置し、北は浦田うらだ村。南方に飛地がある。昔は焼野とよばれていたが、夫婦塚と称する二つの塚があるのでこの村名になったとされる。伝説では二人の力士を弔って二つの塚を造ったともいう。明暦二年(一六五六)の村御印留に村名がみえ、寛文一〇年(一六七〇)の村御印では草高六二石、免二ツ八歩、明暦三年の新田高六石(三箇国高物成帳)。なお明暦・寛文の両村御印には村名が円通寺二塚新村とあるが、その由来は不明。


二ッ塚新村
ふたつつかしんむら

[現在地名]滑川市二塚ふたつか

早月はやつき川が形成した新扇状地の扇央部に位置し、西は中塚新なかつかしん村。村名の由来は天正年間(一五七三―九二)松倉まつくら(現魚津市)落武者を葬った塚を二つ築き、松を植えたことにちなむと伝える。寛文一〇年(一六七〇)の村御印(小幡家文書)によると草高八〇石、免三ツ、明暦二年(一六五六)の新田高二石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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