二十箇用水(読み)にじゆうかようすいひ

日本歴史地名大系 「二十箇用水」の解説

二十箇用水
にじゆうかようすいひ

[現在地名]寝屋川木屋元町

近世初頭以来、木屋こや村字はつにあった淀川国役堤の伏越樋で、茨田まんだ郡・讃良さらら郡・若江郡二〇ヵ村立会の用水樋。木屋の樋ともよんだ。天保一四年(一八四三)木屋村明細帳(川畑家文書)に次のように記される。

<資料は省略されています>

樋は初め木造で、寛保三年(一七四三)・延享二年(一七四五)・宝暦九年(一七五九)・明和三年(一七六六)・寛政元年(一七八九)・文政五年(一八二二)に伏替えがあり、文政一一年右のとおり石樋となり、明治期には樋管の長さ二二間・幅二尺八寸・高さ二尺八寸、待樋の長さ八間・幅六尺・高さ六尺となった(寝屋川市誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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