コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

五十嵐篤好 いがらし あつよし

3件 の用語解説(五十嵐篤好の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

五十嵐篤好

江戸後期の国学者。号は臥牛斎・雉岡。越中国砺波郡内島村の大庄屋。本居大平富士谷御杖に学び田中大秀松田直兄等と交流、研学する。著書に『天朝墨談』『歌学訓』等がある。万延元年(1860)歿、71才。

出典|(株)思文閣
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

五十嵐篤好 いがらし-あつよし

1794*-1861 江戸時代後期の国学者。
寛政5年12月生まれ。越中礪波郡(となみぐん)内島(富山県高岡市)の大庄屋。石黒信由(のぶよし)に算学を,本居(もとおり)大平,富士谷御杖(みつえ)に和歌,国学をまなぶ。歌学のほか,農政,測量,書道にもすぐれた。万延2年1月24日死去。69歳。生没年には異説がある。通称は小豊次,孫作。号は臥牛斎,雉岡など。著作に「湯津爪櫛(ゆつのつまぐし)」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

五十嵐篤好

没年:文久1.1.24(1861.3.5)
生年:寛政5(1793)
江戸後期の国学者,歌人。通称小五郎,小豊次,孫作。号臥牛斎,雉岡。生日に12月6日,16日の両説,あるいは寛政2年生年説がある。越中国(富山県)礪波郡内島村の里正。富士谷御杖の門人としては代表的な存在。他派の学統も修めて幕末の地方国学者として相当の業績を残した。『雉岡随筆』『天朝墨談』などのほか,『歌学訓』『湯津爪櫛』などの歌論,家集『臥牛斎詠草』がある。<参考文献>平井武夫「国学者五十嵐篤好の生涯と其の著作」(『国学院雑誌』24巻9・10号),松野陽一「秋しらべ」(『文芸論叢』2号)

(久保田啓一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

五十嵐篤好の関連キーワード江沢講修大垣久雄長治祐義西村正邦渡辺寿佐倉真邦桜井信景鶴峰戊申加茂季鷹阿川義広

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

五十嵐篤好の関連情報