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国学 こくがく

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

国学
こくがく

江戸時代中期から後期にかけて発達した古典研究の一学派,またはその学問。契沖を祖とし,荷田春満 (かだのあずままろ) ,賀茂真淵を経て本居宣長にいたって完成され,平田篤胤らに引継がれた。儒教,仏教渡来以前の,日本固有の精神,文化を明らかにすることを主たる目的とする。

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デジタル大辞泉の解説

こく‐がく【国学】

江戸中期に興った、文献学的方法による古事記日本書紀万葉集などの古典研究の学問。儒教仏教渡来以前の日本固有の文化を究明しようとしたもの。漢学に対していう。契沖(けいちゅう)を先駆とし、荷田春満(かだのあずままろ)賀茂真淵本居宣長平田篤胤(ひらたあつたね)らによって確立。古学。皇学。
律令制下の地方教育機関。国ごとに設け、郡司の子弟に儒学などを教授した。
中国の殷(いん)の制度で、国都に設けた学校。以後は国子監という。

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防府市歴史用語集の解説

国学

国学[こくがく]は、古事記[こじき]や日本書紀[にほんしょき]などの古典の研究を通じて、日本古来の道を説く学問です。やがて日本古来の精神に戻ることを主張することから日本中心の復古主義に発展しました。尊王攘夷[そんのうじょうい]運動に影響をあたえ、国学を学んだ人々の中から志士や志士に協力する人々が現れました。

出典|ほうふWeb歴史館
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世界大百科事典 第2版の解説

こくがく【国学】

日本古代の文学・言語・制度・習俗などを研究し,古代社会に日本文化の固有性をさぐろうとする学問。江戸時代中期に興り,しだいに思想界に勢力を得て幕末に至り,その影響力は明治初期にまで及んだ。はじめは文献学的方法と古代社会の理想化とを特色とする学問潮流として始発したが,やがて古代に民族精神の源泉を求める思想体系の性格を帯び,幕末には日本の歴史的個体性を尊王論と結びつけることでいちじるしくイデオロギー化する。

こくがく【国学】

日本古代の地方教育機関。大宰府に府学,諸国に国学が一校ずつ設置された。学生は国司が郡司の子弟のうち,13~16歳で聡明なものをえらび,不足の場合や医生は庶人の子弟を入学させた。国の等級に従い,学生は50・40・30・20名,医生は10・8・6・4名の定員がある。教官には国博士,国医師各1名のほかに国郡司で儒学の経書に精通している者がなる。試験は国司が行う。その教科は中央の大学と典薬寮の医生とほぼ同一と考えられる。

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大辞林 第三版の解説

こくがく【国学】

古事記・万葉集などの日本の古典を研究して、日本固有の思想・精神を究めようとする学問。契沖を先駆として江戸前期に興り、荷田春満かだのあずままろ・賀茂真淵かものまぶち・本居宣長もとおりのりなが・平田篤胤ひらたあつたねらによって確立、発展した。和学。皇学。古学。
律令制下、国ごとに置かれた、郡司の子弟のための学校。主に経書を教授した。 → 大学
古代中国の国都に置かれた学校。隋以後の国子監に相当する。

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世界大百科事典内の国学の言及

【尊王論】より

…こうした現実を背景として,尊王論は江戸時代当初から一貫して存在する。思想的にはそれは儒教の系譜に立つものと国学の系譜のものに大別される。前者にはニュアンスの差があるが,最高権威としての天皇と政権の行使者としての将軍との間に上下関係を認める名分論が基本となっていたといってよかろう。…

【文献学】より

… しかし,ベック自身もいうように,古典古代以外をも対象として,その方法によって研究できる。日本についていえば,明治時代から,芳賀矢一,村岡典嗣によって,〈国学〉を日本文献学として規定することが提唱された。すなわち,本居宣長は言(ことば)を通して事(わざ)と意(こころ)を明らかにしようとしたが,それは古人の意識したことをそのままに認識して,古代生活の統一的意義を理解しようとするものであった。…

【学校】より

…学校制度の確立を促したのは唐の文化であり,天智天皇の時代に大津に儒教の学校がつくられたといわれるが,今日伝わる最古の教育法令は701年(大宝1)の〈大宝律令〉にふくまれている。そこでは,首都に大学(または大学寮)のほか,職業専門教育機関として陰陽寮,典薬寮,雅楽寮を設け,地方に国学を設けるという方針が示されていた。大学,国学の重要な教材は《孝経》《論語》など中国の古典であった。…

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