五十平村(読み)いかだいらむら

日本歴史地名大系 「五十平村」の解説

五十平村
いかだいらむら

[現在地名]長野市七二会なにあい 五十平

陣場平じんばだいら山の南傾斜地の山村集落。

村名の初見は慶長七年(一六〇二)の川中島四郡検地打立之帳(小柳文書)で「二百五拾石壱斗五升 五十平村」とある。元禄の松城領高辻帳の添目録(大日方文書)には五十平村の枝村として定谷さだたに村・鍛冶屋かじや村・屋原やはら村の三村落の名がみえる。元来小村で、弘化四年(一八四七)の「むしくら日記」には、家数六八軒、人数三四〇人余とし、同年の震災には潰れ三軒、半潰れ六軒、死失一〇人となっていて被害は軽かった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む