日本歴史地名大系 「五十部村」の解説 五十部村よべむら 栃木県:足利市五十部村[現在地名]足利市五十部町北部は大岩(おおいわ)山南方の山地で、東西を山丘が南下する。村の中央部に中(なか)山という小丘があり、その東方を蓮岱寺(れんだいじ)川が南流する。南東流する渡良瀬川が南を限る。西は山下(やました)村。「和名抄」東急本にみえる足利郡余戸(あまるべ)郷を「よべ」と訓じて、当地付近に比定する説がある(下野国誌・大日本史)。永享五年(一四三三)四月五日の珍誉譲状(相承院文書)によると、同三年一〇月三日に鎌倉鶴岡八幡宮の別当坊より鎌倉南小路にあった聖天(しようてん)堂の供料所として寄進された足利庄「五百部郷内名草給田壱町」が珍誉から弘俊に譲られている。安永五年(一七七六)修復の鑁阿寺一切経会等記録(鑁阿寺文書)にみえる「伊与部」と五百部郷はともに当村のことであろう。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by