五条東洞院屋跡(読み)ごじようひがしのとういんかがりやあと

日本歴史地名大系 「五条東洞院屋跡」の解説

五条東洞院屋跡
ごじようひがしのとういんかがりやあと

鎌倉幕府が京都の治安維持のため設置した篝屋四八ヵ所の一。「花園院宸記」正中二年(一三二五)九月一二日条に、

<資料は省略されています>

とあり、その一が東洞院大路と五条大路(現松原通)交点にあり、現燈籠とうろう町南側か大江町北側にあったことが知れる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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