五桂村(読み)ごかつらむら

日本歴史地名大系 「五桂村」の解説

五桂村
ごかつらむら

[現在地名]多気町五桂

油夫(ゆぶ)村の西、集落の北を佐奈(さな)川が流れ、集落南部山間に五桂池、その西側に五桂新田がある。康永三年(一三四四)の法楽寺文書紛失記(京都市田中忠三郎氏蔵文書)に「弐反五楓里廿六坪河成」とある五楓里が五桂かと考えられる。文禄検地帳写(五桂区有)に「五桂村」と記されている。延宝八年(一六八〇)の新田畑検地帳、元禄一〇年(一六九七)の五桂池水惣溝敷地帳、寛延元年(一七四八)の池下出分溝敷並道敷帳が伝わる(以上五桂区有)。

寛政一二年(一八〇〇)大指出帳(五桂区有)によると家数九二、人数三八三。田方中心の村で牛六〇、鉄砲三挺、山神四が記される。作間稼に男は山薪作り、女は木綿機織を行った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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