五番領村(読み)ごばんりようむら

日本歴史地名大系 「五番領村」の解説

五番領村
ごばんりようむら

[現在地名]安曇川町五番領

南市みなみいち村の北、西万木にしゆるぎ村の西に位置する。中世には三重生みえお郷のうちという(輿地志略)。ただし田中たなか郷を一一ヵ村とする場合には、当村もそのなかに含まれるという(高島郡誌)。佐々木氏の流れをくみ、高島七頭の一人であった佐々木山崎氏の城跡が残る。山崎氏は織田信長によって滅ぼされた。慶長七年(一六〇二)小堀新介により検地が実施され、五番領・十八川じゆうはちがわ・三重生・庄境しようさかいの四ヵ村が三重生郷としてまとめられ、高一千四二四石余とある(中村家膳所藩明細帳)。寛永石高帳では高二八八石余。正保郷帳では膳所藩領とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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