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井上省三 いのうえ しょうぞう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

井上省三 いのうえ-しょうぞう

1845-1886 明治時代の官吏。
弘化(こうか)2年10月15日生まれ。もと長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩の厚狭(あさ)毛利氏家臣。明治3年木戸孝允(たかよし)にしたがい上京。4年からドイツに留学し毛織技術をまなんだ。9年内務省につとめ,10年東京の官営毛織物模範工場千住製絨(せいじゅう)所の初代所長となった。明治19年12月14日死去。42歳。本姓は伯野。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

井上省三

没年:明治19.12.14(1886)
生年:弘化2.10.15(1845.11.14)
明治時代の技術者。官営洋式毛織物工場長。長門国(山口県)厚狭郡宇津井村の庄屋伯野瀬兵衛とさとの次男で富裕であったが,井上半右衛門の養子となり奇兵隊隊長として倒幕に参加,維新後,木戸孝允に随い上京,明治4(1871)年2月よりベルリン留学で兵学から工業への転向を決意,5年から8年まで毛織技術修得,帰国して9年1月内務省勧業寮へ,12年9月千住製絨所初代所長。同所は14年農商務省,21年陸軍に所属するが「陸軍だけでなく日本毛織物工業の亀鑑として輸入を防ぐ」という殖産興業の原点を示す手記を残す。<参考文献>井上省三記念事業委員会編『井上省三伝』,『千住製絨所五十年略史』,小林正彬「千住製絨所の払下げ問題」(『企業者活動の史的研究』)

(小林正彬)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の井上省三の言及

【毛織物】より

…【山根 章弘】
[近代日本の毛織物業]
 明治初期には,軍服や警察・官庁の制服など官需の高まりによって毛織物の輸入は巨額になり,日本の輸入総額の20%程度を占めていた。そこで政府は外貨の節減をはかるため,勧業寮の井上省三をドイツに派遣して生産技術を学ばせ,1879年から官営(内務省勧農局所管)千住製絨(せいじゆう)所の操業を開始し,井上が所長に就任した。千住製絨所は88年陸軍省直轄となるまで,その技術を一般に公開し,民間企業の勃興を促し続けた(同製絨所はその後陸軍製絨廠南千住工場となり,第2次大戦後の1945年大和毛織に払下げ前提で貸与され,48年払い下げられた)。…

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