井坂村(読み)いざかむら

日本歴史地名大系 「井坂村」の解説

井坂村
いざかむら

[現在地名]奥津町井坂

いずみ山の西麓緩斜面に開け、吉井川左岸にある。養野ようの村の西に続き、吉井川対岸は至孝野しこうの村・女原おなばら村。天正九年(一五八一)毛利勢が宇喜多勢の守る西屋にしや城を攻囲し、長期戦となった折、城兵原田兵衛は「飯坂」において、寄手の牧弥太郎を討取っている(同年九月一〇日「斎藤近実感状」美作古簡集)正保郷帳に高一三七石余、うち田方一一一石余・畑方二六石余とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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