日本歴史地名大系 「井尻郷」の解説
井尻郷
いじりごう
現上井尻および隣接する山梨市下井尻付近に比定される。居尻とも記される。応安二年(一三六九)五月には「八幡庄安田郷下井尻村延命禅師」で大般若経の書写が行われている(野尻倹之助氏蔵「大般若経」奥書)。文安二年(一四四五)一一月一五日の武田信重寺領目録写(甲斐史料集成稿)に「井尻之内」の「当庵敷地」がみえ、当地にあった
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現上井尻および隣接する山梨市下井尻付近に比定される。居尻とも記される。応安二年(一三六九)五月には「八幡庄安田郷下井尻村延命禅師」で大般若経の書写が行われている(野尻倹之助氏蔵「大般若経」奥書)。文安二年(一四四五)一一月一五日の武田信重寺領目録写(甲斐史料集成稿)に「井尻之内」の「当庵敷地」がみえ、当地にあった
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...